赤塚不二夫について

赤塚不二夫プロフィール

1935年 9月14日、旧満州国に生まれる。本名は赤塚藤雄。
1951年 帰国後、中学を卒業し新潟の看板屋に就職する。この頃から「漫画少年」に投稿を始める。
1953年 上京、漫画修業を始め、翌年、同人誌「墨汁一滴」に参加する。
1956年 少女マンガ『嵐をこえて』で漫画家デビュー、有名なトキワ荘に移る。
1958年 『ナマちゃん』を「漫画王」(秋田書店)に少年誌初連載。
1962年 「週刊少年サンデー」(小学館)に『おそ松くん』、「りぼん」(集英社)に
『ひみつのアッコちゃん』を連載開始。一躍人躍人気作家となる。
1967年 「週刊少年マガジン」(講談社)に『天才バカボン』、「週刊少年サンデー」に『もーれつア太郎』を連載開始。 ギャグ漫画の王様となる。以後破竹の勢いで漫画界をリードする。
1979年 猫の菊千代と暮らしはじめる。(1997年没)
1995年 『赤塚不二夫の漫画家生活40周年と還暦を祝う会』を開催する。
1998年 紫綬褒章受章。
2003年 青梅・赤塚不二夫会館をオープン。
2008年 8月2日東京・お茶の水順天堂医院にて肺炎のため逝去。享年72歳。

赤塚不二夫の代表作

天才バカボン

『天才バカボン』は1967年に「週刊少年マガジン」から発表された。とある町に住むバカボン一家の超個性派人間・パパを中心に繰り広げられるハチャメチャ連載ギャグ漫画である。バカボンのパパの名台詞「これでいいのだ」は作者、赤塚不二夫の生き様も象徴する言葉として有名になった。

ひみつのアッコちゃん

『ひみつのアッコちゃん』は1962年に「りぼん」から発表された。おてんばで正義感の強いアッコちゃんがなんにでも変身できる魔法の鏡の力を使って、人助けをするという連載少女漫画である。変身するときに唱える呪文「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン」は少女達のハートをがっつり射止めた。

おそ松くん

『おそ松くん』は1962年に「週刊少年サンデー」から発表された。 六つ子の松野家の少年たちを中心に展開する連載ほのぼの ギャグ漫画である。作中に登場するキャラクターイヤミが行うギャグ 「シェーッ」のポーズは1960年代に日本全国に流行した。

もーれつア太郎

『もーれつア太郎』は1967年に「週刊少年サンデー」から発表された。江戸っ子気質が色濃く残る東京下町を舞台に、八百屋を切り盛りする少年ア太郎が主人公の、人情もの連載ギャグ漫画である。人間の言葉を話すネコのニャロメとその仲間のケムンパスやべしなど、当初は予定していなかった動物キャラが爆発的な人気を得た。

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